ブラックが二酸化炭素を発見してから立て続けに、化学者(錬金術師)たちは水素と酸素も発見しました。この18世紀、新気体の大発見時代のおかげで、化学者は固体や液体だけでなく、気体にまで研究対象を広げることになりました。

化学(錬金術)とはそもそも、
- 🏅 貴金属
- 🧪 不老不死の薬
- 🦵 ホムンクルス(人造人間)
- 📏 プラスチック
などなど、人間が欲しがるような、役に立つ物質を作り出すことが目的でした。実際、仮にそれを作り出すことができていないとしても、彼らの研究がなければ現代の豊かな社会はありません。

しかし、18世紀になって
- ブラック(二酸化炭素)
- キャヴェンディッシュ(水素)
- シェーレ&プリーストリ(酸素)
たちが発見した「気体」は、一体何の役に立つのでしょうか。「空気とは、いろいろな気体が混ざった混合物だ!」ということが分かったとしても、それだけでは何の役にも立ちません。
しかしなんと….、20世紀(1900年代)の始めに、ある化学者(錬金術師)たちの気体の研究から、人類を救う奇跡が起こります。なんと彼らは粘り強い研究の末、ついに空気からパンを作る奇跡を起こしました。

💀 20世紀、迫り来る人類絶滅の危機!
18世紀半ばにイギリスで始まった産業革命により、特にヨーロッパ中心に経済が拡大を続けました。当然、そこに住む人たちも豊かになり、人口も増大を続けます。
[産業革命の絵]
科学も発展し、それに伴い便利な機械が次々と発明された産業革命後の世界。望みのものを次々と作り出す技術を持った人類はこれからも末永く繁栄し、進歩を続けていくと思われました。
しかしもうすぐ20世紀を迎える1898年、イギリスの王立協会の会長として有名であった科学者ウィリアム・クルックスが衝撃の演説を行います。

クルックスはなんと、「小麦を主食としている人類は、今後は小麦の不足に悩まされることになるだろう。そして1930年ごろには、飢饉がやってくるだろう」といった旨を力強く予言したのです。(Science and Food Supply)

肥料として不可欠な窒素
農作物を育てるためには、もちろん栄養のある土が必要です。植物が土から栄養を吸収できなければ、農作物は決して実ることはありません。
その栄養として不可欠な物質に、窒素があります。植物は土の中に含まれた窒素を取り込むことにより、すくすくと成長します。

一度農作物を収穫すると、当然ですが土の中の窒素はもう奪い尽くされています。だかから、もう一度同じ土地から農業をするためには、窒素を肥料として土にまかなければなりません。
もちろん、今地球を覆っている空気中の約80%は窒素ですから、窒素なんて無限にあります。今、みんなの目の前には大量の窒素があります。

しかし、植物は空気中の窒素を取り込むことができません。ブラックが発見した固定空気(二酸化炭素)のように、窒素が固体や液体の中に含まれている必要があります。そうでなければ、植物は窒素を吸い取ることができないのです。

『「固定空気は空気ではない!」二酸化炭素から始まる化学の新時代』
石灰石は二酸化炭素を固定している鉱石ですが、窒素を固定している鉱石もあります。したがって、一度小麦を収穫して土中の窒素が無くなったら、窒素を固定している鉱石を肥料として土にばら撒いていました。

クルックスの時代では主に、南米のチリで採掘できるチリ硝石を窒素肥料として輸入し、小麦など農作物の栽培に役立てていました。

産業革命後の人口爆発
18世紀の産業革命以降、暮らしが豊かになって人口が増加します。当然、必要な食糧も増加します。しかし、この人口増加スピードはあまりにも速すぎるものでした。

上のグラフでは、赤線部分の産業革命以降に急激に人口が爆発していることが分かります。当然、もっとたくさんの小麦などの食糧を育てる必要がありますが、わざわざ鉱山から窒素が含まれた物質を掘り出しているようでは、とても農業に必要な肥料に足りず、急増する人口を支えることができません。
だからこそクルックスは、「このままでは人類は食糧危機に陥り、大飢饉で何人も死んでしまう!」という危機感を持っていたのです。
空気中の窒素を固定せよ!
クルックスは、「食糧確保のためには、窒素を含んだ肥料が必要だ!だからなんとか空気中の窒素を液体や石に固定し、植物が吸収できる形にしなければならない!」と主張しました。
触れることもできない空気中の窒素を掴んで、液体や石の中に閉じ込めて肥料にする….。そんな魔法のような方法を考えることができるのは、世界中を見渡しても錬金術師(化学者)しかいません。
クルックスも、世界中の化学者は立ち上がり、実験を通して人類を飢餓から救うべきだと考えていました。


🌏 ハーバーとボッシュ、世界を救う
クルックスの演説以降、たくさんの化学者が「なんとか空気中の窒素を固定し、肥料を人工的に作り出さなければ!」と考えて実験を繰り返していました。ドイツの化学者フリッツ・ハーバーもその一人です。

彼は水素を準備し、空気中の窒素と反応させることで、アンモニアと呼ばれる気体を作ることに挑戦しました。そのアンモニアには窒素(N)が含まれているので、肥料として利用することができます。

彼は努力の末、ついに水と空気から、空気中の窒素を取り入れたアンモニアを生成することに成功しました!まさに錬金術を成し遂げたわけです。

ハーバーとボッシュとの出会い
ハーバーは空気と水からアンモニアを生成することに成功しましたが、実験室だけではほんの少量のアンモニアしか作ることができませんでした。食糧危機を救うためには、アンモニアを工場で大量生産する必要があります。
その悩みを解決したのは、ドイツの化学企業BASFで働いていた若き化学者カール・ボッシュです。

ボッシュは若くて経験が無かった頃から、有名化学者の間違いを恐れずに指摘するなど、毅然とした態度を持った優秀な人物でした。ハーバーの方法で大量生産することは難しいと考えられていましたが、彼はハーバーに話を聞き、この方法に賭けてみることにしました。
空気からパンを作ることに成功!
そしてハーバーとの協力のうち、約2年の努力のうち、ついにアンモニア生成の工業化(大量生産)に成功しました(1911年)。

この2人が作り上げたアンモニア生成方法は、ハーバー・ボッシュ法と呼ばれ現代でも活用されています。
ハーバー・ボッシュ法で工場で大量生産したアンモニアを化学肥料にすることで、人類は食糧危機を回避することができたのです。ハーバーやボッシュは後に、「空気からパンを作った男」と呼ばれるようになりました。
とある研究によれば、なんと世界の人口の約半分ほどは、ハーバー・ボッシュ法で作られた化学肥料によって支えられているといいます。

※参考: Nitrogen and Food Production: Proteins for Human Diets
彼らがいなければ、地球の人口(2020年で約76億人)は半分だったかもしれません。クルックスの予言した危機は、やはり化学者が回避したのです。
👩🔬 アンモニアの作り方
ハーバー・ボッシュ法は、空気からパンを作る錬金術です。なのでハーバー・ボッシュ法はとても複雑です。
しかし専門家ではない私たちも、ある素材を使えば純粋なアンモニアを得ることができます。
(さすがに、彼らのように空気から作ることはできませんが……)
ぜひ、人類を救ったアンモニアを作る方法を学んでおきましょう!
アンモニアは動物の尿(おしっこ)にも含まれる、ツンと刺激臭のする有毒な物質です。

アンモニアは窒素を含んでいるので、農業の肥料として活躍します。なので例えば、動物の尿も立派な肥料になりますよ!
塩化アンモニウムと水酸化カルシウム
馴染みのない物質ですが、純粋なアンモニアを一番簡単に作るには、塩化アンモニウムと水酸化カルシウムを反応させることです。

塩化アンモニウムは、食品添加物にも利用される物質です。もちろん、アンモニアが入っているのでこのまま化学肥料に使えます。
水酸化カルシウムは、石灰石から変化を続けてできた成分です。
この2つを反応させると、純粋なアンモニアを得ることができます。
2つを同時に熱する
アンモニア生成方法はとてもシンプルで、塩化アンモニウムと水酸化カルシウムを試験管内で混ぜて熱するだけ。
これだけで、アンモニア(気体)が発生します。発生したアンモニアを、フラスコや試験管で上向きにキャッチ。

これでアンモニア収集は成功です。
必ず、試験管は熱する方を上にして傾けること。

この実験では、アンモニアとともに水も発生します。

水滴が発生した際、それが熱した試験管の底の部分に逆流してしまうと、ガラスが急激に冷やされて試験管がパリーンと割れてしまうおそれがあるからです。(ガラスは温度差に弱いのです)。

アンモニアの性質
アンモニアはとても水に溶けやすいので、よくアンモニア水として管理されます。

そんなアンモニアなので、水上置換法で集めることはできません!すぐに水に溶けて無くなってしまうからです。

二酸化炭素のような密度の高い気体ならば、下方置換法で収集できます。しかしアンモニアは空気よりも明らかに密度が小さい(軽い)ため、上方置換法で集めることができます。

繰り返しですが、アンモニアは刺激臭のある取り扱い注意の気体です。
直接鼻で匂いを嗅ぐことはせず、手であおいで匂いを確認するようにしてください。
アンモニアの水溶液は、アルカリ性を示します。したがって、水溶液は赤いリトマス紙を青くします。

https://www.bbc.co.uk/bitesize/guides/z89jq6f/revision/1
アンモニアの噴水実験
「アンモニアは水に溶けやすい」ことを利用した、有名な噴水実験があります。
まず、以下のビデオを見てみてください!

以下は、上のビデオの解説です。

フェノールフタレイン溶液とは、無色透明な液体です。
アルカリ性物質と反応すると、赤く変色します。

そのフェノールフタレイン溶液を水に混ぜておきます。これを赤く変色させるものがあれば、それはアルカリ性だということです。
まず、丸型フラスコにアンモニアを溜めておきます。

その後、水を入れたスポイトを押して、水をフラスコの中に侵入させます。

すると、アンモニアはとっても水に溶けやすいため、侵入した水にすぐに溶けていきます。

すると、フラスコの中の気圧が下がります(フラスコ内の気体が少なくなるということ)。気体のアンモニアが水に溶け入ってしまったからです。

フラスコ内の気圧が下がると、フェノールフタレイン水溶液を下に押し付けていた圧力が弱くなるので、水溶液は上昇していきます。

吸い上げられた水溶液は、丸型フラスコで噴水を作ります。
噴水はフェノールフタレイン溶液なので、アンモニアが充満するフラスコ内では赤色に変化し、とてもキレイな噴水になるのです。

📚 おすすめ参考文献
📖 参考になった書籍
ハーバーとボッシュの物語です。化学者のストーリーですが、特に知識が無くても問題ありません。
化学者としての苦労はもちろん、祖国ドイツとの関係、自分たちの技術が戦争のために利用されることなど、人間としての苦悩も知ることができます。
コメント