夢のような「固体」「液体」を追い求め、人類の進歩に貢献してきた錬金術師。しかしそんな彼らも2000年以上、「気体」に関しては知識が深くありませんでした。
なぜなら、古代ギリシャの大哲学者アリストテレスが『四元素説』を唱え、空気はそれ以上分割できないものだと主張しており、皆がずっとそれを信じてきたからです。

しかし1754年、普通の空気とは少し違った気体を大発見した人物が現れました。ジョセフ・ブラックは、普通の空気とは明らかに異なる気体、二酸化炭素を発見したのです。

彼の業績は、錬金術と化学に「気体」の可能性を持ち込むことになり、新時代の火蓋を切ることになりました。
🐚 「消える石灰石」に悩むブラック
石灰石(石灰岩)とは、サンゴや貝のかけらなど、炭酸カルシウムを持つ生物の殻が数億年かけて堆積した岩石のことです。卵の殻や黒板のチョークも同じ成分です。

日本でも様々な用途のため、石灰石がたくさん採掘されています。
身近な例では、建築やアスファルトの舗装や鉄の不純物を取り除くための材料として利用されています。食品の発酵をうまく進めるための添加物としても優秀です。

焼いたり、塩酸をかけると石灰石が軽くなる
化学者のブラックは、石灰石を熱すると、なぜか石灰石が軽くなることに疑問を感じます。石灰石を熱する前は120gだったのに、熱した後は68gになってしまったのです。

軽くなるということは、「石灰石の一部が消えた」ということになります。
石灰石に塩酸をかけてみても、同じく石灰石が小さくなり、軽くなってしまうことも知られていました。

塩酸はさまざまな金属を溶かす、危険ですが不思議な液体です。金(ゴールド)を作り出すための錬金術には、いろいろな金属を溶かしてみることが大事です。そのため、当時の学者は実験に塩酸をよく利用していました。
なぜ石灰石は軽くなるのか?ずっとずっと、誰も答えを見つけることはできていませんでした。
軽くなったのは、石灰石から空気が抜けたから?
ブラックはこう考えました。
「石灰石が軽くなったということは、石灰石から何か目に見えないもの、つまり空気が抜けたに違いない。石灰石にはもともと空気が固定されていたのだ!」

ブラックは「石灰石には空気が含まれている(固定されている)のだ!」と確信しました。彼はその空気を固定空気(fixed air)と名付け、その謎を解くことに熱意を注ぎます。

💨 「固定空気」を捕まえたブラック
「固定空気は、普通の空気と全く同じものなのだろうか?もしくは、もっと特別な新しい気体なのだろうか?」
ブラックはまず、固定空気を捕まえることに集中します。空気のような気体を捕まえる方法に、ヘールズが発明した水上置換法があります。

『錬金術師、気体と出会う。二酸化炭素が滅ぼす地球』
水上置換法を利用すれば、目に見えない気体も収集することができます。三角フラスコや試験管の中の塩酸に石灰石を入れ、そこから出た「固定空気」はびんの中に貯まることになります。

水上置換法を利用することで、石灰石に閉じ込められていた、純粋な固定空気を収集することができます。
ちなみに気体を収集するときは、最初に出てきた気体は集めません。なぜならもともとフラスコや試験管に入っていた空気が混じってしまい、純粋な気体を集めることができないからです。

💡 二酸化炭素の発見
ブラックは集めた固定空気でたくさんの実験をしました。
彼が発見したその空気の中では、
- ろうそくの火が消えてしまう
- その空気に閉じ込めた動物が死んでしまう
といった、明らかに普通の空気とは違う性質がありました。

ブラックはこの結果から、「石灰石から抜け出た固定空気は、普通の空気ではない!違う性質を持った別の気体なのだ!!」ということを確信しました。
これが、人類が初めて二酸化炭素を発見した瞬間です。固定空気は後に「二酸化炭素」と呼ばれるようになるのです。

石灰水と二酸化炭素
石灰水という水があります。当時のイギリスでも、石灰水は医療や衣服の漂白にも利用される、馴染みのある液体でした。
その石灰水は、外に放置したり、息を吹きかけるとなぜか白く濁ることが知られていました。

そしてそれに加えて、石灰石から取り出した固定空気(二酸化炭素) を入れた瓶に石灰水を注ぐと、これもまたすぐに白く濁ることがかりました。

この結果からブラックは、
- 固定空気(二酸化炭素)は、石灰水を白く濁らせる
- 空気にも、動物の息にも固定空気(二酸化炭素)が含まれている
ことを突きとめました。
「有機物を熱すると、二酸化炭素と水が発生する」ことを覚えていますか?そのときには「石灰水が濁るのは、二酸化炭素が発生した証拠」と学びましたね。

https://www.superprof.co.uk/resources/questions/chemistry/carbon-dioxide-lime-water.html
二酸化炭素は石灰水を白く濁らせることは化学の世界では常識になっていますが、その性質を発見した最初の人物がブラックだということです。
ブラックが石灰石から発見した「固定空気(二酸化炭素)」は、特別な気体ではなく、人間の息にも、空気中にも存在する身近なものだったわけです。実際のところ、二酸化炭素は空気中に 約0.04% だけ含まれています。

ブラックの発見した「空気や、人間の吐く息には二酸化炭素が含まれている」という事実により、2000年以上続いたアリストテレスの主張した四元素説を否定できる可能性が生まれました。「空気」はという純粋な物質ではなく、
- 二酸化炭素
- その他の気体
が混ざった混合物だったのです。

二酸化炭素は、空気よりも密度が大きい
また、二酸化炭素は空気よりも密度が大きいことが発見されます。同じだけの量の空気と二酸化炭素を瓶に入れると、二酸化炭素の方が重いのです。

例えばビール工場では、大麦を発酵させるときに二酸化炭素が出てブクブクと泡が立ってきます。しかし出てきた泡は、空気と混ざらずに下に貯まります。

二酸化炭素の密度が空気より大きい証拠ですし、ここに貯まった二酸化炭素を水に溶かすことで、世界で最初の炭酸水が誕生しました。

ちなみに、ビールやコーラなどを含む二酸化炭素の水溶液は、酸性を示します。

「二酸化炭素は空気よりも密度が大きい(重い)」という性質を活かして、二酸化炭素を瓶の下に貯めて集める方法もあります。
これを、下方置換法(かほうちかんほう)といいます。

水上置換法は手間がかかるので、二酸化炭素のように、空気より重い気体は下方置換法を使ってもOKです。
しかし、これでは明らかに他の空気と混ざりやすいので、水上置換法を使う方が純度の高い気体を集めることができます。
📔 ブラックが切り開いた錬金術新時代
ブラックが二酸化炭素を発見したことがきっかけで、
- 空気にも様々な種類があるかもしれない!
- それぞれの性質を活かせば、もっと役立つものが作れるかも!
という化学者たちの好奇心がおおいに刺激されます。
その結果、ブラックの二酸化炭素発見からたった20~30年の間に、酸素や塩素など、次々と新たな気体が発見されることになりました。

約2400年前に生きていたアリストテレスが唱えた常識をずっと信じてきて、2000年以上も「空気は元素(これ以上分けられないもの)だ」と思われていたことを考えると、この次々と新気体が発見された18世紀(1700年代)はまさに、化学の新時代だったと言えるでしょう。
これ以降、化学者(錬金術師)は気体も熱心に研究し、社会の発展に活用するようになります。
📚 おすすめ参考文献
📱 参考になったページ
・空気とガス なかなか手に入らない名著『発明発見物語』を全て公開してるページで、他にも『エピソード科学史』も公開されてる。版権が切れたから自由なんでしょうか。利用者にとってはかなり嬉しいサイト。ここでは、ブラックは石灰石を焼いて生石灰にした際の固定空気を採取したのであり、石灰石に塩酸をかけたのはキャヴェンディッシュであると書かれています。しかしこの記事では中学理科の学習指導要領に沿って、「ブラックが石灰石に塩酸をかけた」として話を進めました。
・気体の発見 これも理科を知るにかなり参考になるサイト
・石灰石鉱業協会 マニアックでありがたい
・「石灰」ってなんですか? 石灰石とか石灰水とか、理科を学んでたらいきなり出てきて、覚えるだけで何のための物かが分かりませんからね。こちらも参考になりました。
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