少し難しいかもしれませんが、この一文を何度かよく読んでみてください。
運動体は、これを押す力がその働きを失った時に静止する
アリストテレス『自然学』
これは、ユークリッドと同じ、約2400年前のギリシャに生きた大哲学者アリストテレスの著作『自然学』からの引用です。

この言葉を分かりやすく言います。例えば運動体を「コイン」だとしましょう。あなたが、コインを平らな机の上で押したとします。するとスルーっと進み、最後にはピタッと止まりますよね。

アリストテレスはつまり、
コインは、コインを押す力が無くなったら、やがて止まるよ
と言っているわけです。
アリストテレスのこの考えは、直感的も間違いないですし、疑う余地もありません。実際、彼が生きた時代から約2000年、人類はこの言葉をずっと信じていました。
アリストテレスはそれだけでなく、どんな学問にも詳しい著作をたくさん書き残していたので、ヨーロッパ中で学問の神様のように尊敬された存在でした。今も人類の歴史上において、最も輝く大哲学者の一人です。
なので昔のヨーロッパでは特に、「アリストテレスは間違っている」「アリストテレスの考えはおかしい」といったことを言う人がいると、「あいつはアリストテレスの言うことが理解できないんだ。頭が悪い」と思われ、たいへん嫌われました。
しかも、昔のキリスト教もアリストテレスの考えを利用していたので、アリストテレスを批判することは、神への冒涜で、死刑になってもおかしくありません。だから昔のヨーロッパ人は皆、心の底からアリストテレスを信じ切っていたのです。

🤯 常識をぶち壊したガリレオ・ガリレイ
しかし1564年のイタリアで、ついに巨人アリストテレスに立ち向かう者がこの世に生まれます。その名も、ガリレオ・ガリレイ。

ガリレオは、「アリストテレスもたくさん間違っているし、それでもアリストテレスの考えばかり押し付ける人々はもっと間違っている!」と考えることのできる、とても勇敢で自信家の物理学者でした。
彼はアリストテレスの間違いをたくさん指摘しましたが、一見正しい冒頭の文にも反対しました。
運動体は、これを押す力がその働きを失った時に静止する
アリストテレス『自然学』
👆の文で、アリストテレスはつまり、
コインは、コインを押す力が無くなったら、やがて止まるよ
と言っています。しかし、ガリレオはなんとこれにも反対し、
コインは、コインを押した後も永遠に進み続け、止まることはない
と考えたのです。

坂道でもない平らな地面において、コインを押したら永遠に進み続けるなんて、信じられません。実際に試してみても、必ずコインは止まります。
ガリレオは、「アリストテレスの言うことが正しいに決まっている!お前はバカだ!」と言われ、あまり人々に考えを理解してもらえませんでした。
しかし、やはり正しかったのはガリレオでした。ガリレオのこの考えは後に応用され、今ではロケットや人工衛星など宇宙開発には欠かせない常識となっています。

今回では、物体を動かす「力」についてと、ガリレオが常識をぶち壊した素晴らしい考え方を学びます。
物理学における「力」とは?
アリストテレスが提唱し、ガリレオが反対した、
運動体は、これを押す力がその働きを失った時に静止する
という文。この一文について考えるため、まず「力」とは何かを考えてみましょう。
物理学の「力」においては例えば、よく見るような、
- 🥐 パンを押すとへこみ、引っ張ると伸びる
- ⚾ バッターに打たれた野球ボールが遠くへ飛んだ
など身近な出来事を引き起こす原因となるものです。
物理学者は、この当たり前の原理を深く研究します。原理を深く理解できれば、それを利用して、
- 🚗 車を走らせる
- 🤖 機械を動かす
- 🚀 ロケットを打ち上げる
など文明に役立つものを開発することができるからです。
ですから物理学の基礎を学ぶときは、まずはガリレオが始めたように、身近に見る「力」を理解することが大切です。
力とは「物体の状態を変える」もの
物理学でいう力とは、「物体の状態を変える」ものです。そう考えると、身の回りは力がたくさん。
- 🥐 パンを押すとへこみ、引っ張ると伸びる
- ⚾ バッターに打たれた野球ボールが遠くへ飛んだ
など、力は物体の「形」「運動の状態」を変化させるものです。つまり、物体の状態を変えています。

パンを手で触って形を変えれば、「手がパンに力を及ぼした」ことになります。
野球のバットでボールを打つと運動の方向や速さが変わりますが、それは「バットがボールに力を及ぼした」と言えます。
離れていても働く「力」
さて、具体的な「力」を見てみましょう。力にはたくさんの種類がありますが、中には超能力のように、物体同士が離れていても働くものがあります。
普段は意識しないけど、確実に働いている「力」です。
重力
まず最初に学ぶべき「力」は、地球上のすべてのものに働く力、重力です。重力とは、地球の中心へ物体を引きつけようとする力です。
- 🍎 リンゴが木から落ちる
- ⚽ ボールが地面に落ちる
これら全て、物体を地球の中心に引っ張る、重力という力が働いているからです。

重力は自分の体を含め、今目の前にある物体全てにかかっています。地球の中心と物体は遠く離れていますが、重力から逃げることはできません。
電気の力
電気の力も、物体と物体が離れていても働きます。例えば、下敷きを髪の毛にこすり合わせて髪の毛を立たせる遊びをしたことはありますか?

こすり合わせることにより、下敷きと髪の毛の間に小さな電気が発生します。その電気が、離れているはずの下敷きと髪の毛を引き合わせるため、髪の毛が逆立ちます。
この電気の力も、現代の科学技術で最大限に活用されています。
磁石の力
2つの磁石があったとします。仮にそれが離れていたとしても、N極とS極はお互いに引き寄せ合います。
逆に、N極とN極、S極とS極など同じ極同士であれば、反発しあうので近づくことはありません。

この磁石の力も、機械などの動きを制御するのに大切な力です。
🙏 触れ合った時に働く力
先程までは、離れていても働く力を見ましたが、次は物体が接している時に働く力を見ていきましょう。
摩擦力
机の上に本を置いておき、指で押して動かすとします。しかし、弱い力で指で押しただけでは、本はなかなか動きません。

それは、押し出す力と同じだけの摩擦力が抵抗しているからです。摩擦力がなければ本は簡単に動いているはず。

摩擦力は、物体の運動の反対方向に作用するので、
- 🚲 乗り物を動かしたり、止めたりする
- 🤖 機械の性能を守るため、摩擦を抑える
といった場合に摩擦力をよく考える必要があります。

垂直抗力
机の上に本が置いてあるとします。このとき、本が机を押すような状態になり、力が机に向かって働くことはイメージしやすいはずです。

そして力には、「2つの物体が触れ合った時、必ずお互いに逆方向の力を加える」という面白い性質もあります。
写真では、本と机が触れ合っているので、本と机は必ず逆方向の力を加え合います。この写真の場合、本が机を押しているのなら、必ず机も本を押しています。
面に対して90度に反抗する力なので、この力を垂直抗力といいます。

この場合の垂直抗力は、「机が本を押す力」です。例として本を挙げていますが、筆記用具でもスマホでもパソコンでも、何でも同じです。
机や床と接している限り、同じ力で垂直抗力が働いています。見えないものの、確かに存在する力です。
弾性力
多くの物体は、「変形したら、元の形に戻ろうとする力」を持っています。
代表的なものはバネ。バネは引っ張られると元に戻ろうとするし、押し込まれても元に戻ろうとします。

バネのように、「元の形に戻ろうとする力」を弾性力といいます。弓は、物体の持つ弾性力を活用した伝統的な武器です。

ボールがバウンドするのも、地面にあたったときに微妙に形が変形するので、元の形に戻ろうとする力が働くからです。
🌏 ガリレオが壊した常識
物体が離れていても働く3つの力
- 🌏 重力
- ⚡️ 電気の力
- 🧲 磁石の力
これらに加えて、物体が接した時に働く力
- 💥 摩擦力
- ⬆️ 垂直抗力
- 🍞 弾性力
など、普段意識しないたくさんの力を学びました。
ここでやっと、「ガリレオはどのように、アリストテレスの常識をぶち破ったのか」を考えましょう。
アリストテレス「物体は静止しようとする性質がある」
アリストテレスは、「物体には、もともと静止しようとする性質がある」と考えていました。つまり、コインを押して動かせばいつか止まると思っていたのです。
約2000年ずっと、人類はこの考えを固く信じていました。

ガリレオ「物体は、永遠に運動を続ける」
これに対してガリレオは、「物体は、他に力が加わらない限り、永遠に運動を続けるのだ」と考えました。つまり、コインを動かすと永遠に止まらないと考えたのです。
- アリストテレス……物体は常に静止しようとする
- ガリレオ……物体は永遠に動き続ける

しかし、実際に机の上でコインを押して動かしてみても、すぐに止まってしまいます。一見、ガリレオの考えは間違っているように思いますが、なぜガリレオは「永遠に運動を続ける」と考えたのでしょうか。
もし氷の上で動かしたら?ガリレオの思考
例えば、コインを机の上でなく、少し溶けた氷の上で動かしたらどうなるでしょうか。
氷はツルツルなので、より滑りやすくなります。すると、同じ力でコインを押した場合、氷の上の方が長く運動を続けることになります。

これは、氷の方が表面がツルツルしていて摩擦力が小さいからです。摩擦力は乗り物のブレーキに使われることがあるように、運動を妨げる向きに働きます。

氷の上だと摩擦力が小さくて、コインの運動を妨げる力が小さい。そのため、氷の上のコインは長く滑ります。
ではここから発展させ、もし全く摩擦がないような、究極のツルツル物質の上でコインを動かしたらどうなるでしょうか?ガリレオは、「全くツルツルで摩擦力がないのなら、運動を止める力もない。すると、コインは永遠に止まることはない」と考えます。

皆がアリストテレスを信じ切っていたため、人類はアリストテレスの死後2000年もの間、ガリレオのような考えに気づくことはありませんでした。
もちろん、「全く摩擦力が発生しないほどツルツルな物質」は地球上には存在しません。したがってガリレオは実験をせず、頭の中だけでこの結論にたどり着いたのです。
ガリレオはこの結論から、運動する物体について、アリストテレス以来の以下の常識を破壊することに成功しました。
運動体は、これを押す力がその働きを失った時に静止する
アリストテレス『自然学』
運動の性質 | ||
学者名 | 原則 | 例外 |
アリストテレス | 運動する物体は、静止したがっている | 力を加えると動く |
ガリレオ・ガリレイ | 運動する物体は、永遠に動き続ける | 力を加えると止まる |
運動する物体は、ガリレオが発見した通り、永遠に動き続ける性質があります。
しかし地球上では、
- 摩擦力 (運動を妨げる方向に働く)
- 空気抵抗 (空気にぶつかって勢いが弱くなる)
主にこの2つの要因によって、運動する物体はいつか静止することになります。これら2つがなければ、永遠に運動を続けます。
🌌 天体観測にのめり込んだガリレオ
ガリレオ理論の正しさは、宇宙を見れば分かります。宇宙空間は、
- 摩擦力もない
- 空気抵抗もない (空気自体がない)
といった、まさにガリレオが考えた理想的な環境です。実際、地球も太陽の周りを止まることなく公転しています。
力とは、「運動の状態を変えるもの」です。
つまり、摩擦力や空気抵抗など、運動の邪魔をする力が働かない限りは、物体(地球)の運動の状態は変わりません。進んでいるものは、永遠に進み続ける。ガリレオの言ったとおりです。

実はガリレオは、光の屈折やレンズについて深く学び、天体望遠鏡を自分で製作、世界で最初に天体観測を行った物理学者として知られています。
ガリレオはおそらく天体観測をするうちに、「宇宙空間では、なぜ星がずっと動き続けるのだろうか?おそらく、星など全ての物体には運動を続ける性質があり、宇宙空間はそれを邪魔する空気や摩擦力がないから動き続けることができているのだろう。」と考えつき、アリストテレスの間違いに気づいたのではないでしょうか。

前述したように、物理学はまず身近な物体の動きの秘密を解き明かすことで、車や機械、ロケットなど高度なものの開発に活用できる素晴らしい学問です。
ガリレオが素晴らしいのは、「コインが動く」のような身近な物体の動きに関して、アリストテレスや周囲に惑わされることなく、「運動する物体は、止まらずに永遠に動き続ける」という正確な真実を発見したところです。
当然、このガリレオの発見がなければ、
- 🚗 車を走らせる
- 🤖 機械を動かす
- 🚀 ロケットを打ち上げる
といった応用的な技術はありえませんでした。基本の理解が間違っているからです。
冷静な思考と豊かな想像力を用いて、他人の意見はもちろん、天才アリストテレスの考えをも批判したガリレオ。彼らの考え方を知ることができるのも、物理学を学ぶ面白さです。
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アインシュタインが共著者。ガリレオがアリストテレスの常識を乗り越え、物理学の基礎を創った思考法として、「摩擦のない完全な道」を想像した頭の中の実験を紹介しています。
直感とは大きく異なる事実を発見したガリレオについては、ほんの最初の章での記述のみですが、その部分はとても分かりやすく読めるはずです。
それ以降は少し難しい物理の話もあります。しかし全体的には読みやすくて面白い。
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・中学校教科書に見られる抗力概念の問題点 力学の範囲では、中学教科書や教育現場において誤解を招いたり、正確な概念をつかみにくい記述や指導があることは確かです。こちらを参考に、できる限り今後の力学の学習に支障が出ない記述を意識しました。
・初等力学教育における作用反作用と抗力の誤概念 垂直抗力と弾性力を同じ因果で説明しようとする指導方法が流行していますが、そもそも間違いであり、かえって生徒に誤解を与えるだけかもしれません。個人的には、弾性力に関わりなく垂直抗力は作用反作用により発生するので、明確に分けた教え方が必要だと考えています。
・作用反作用の法則は曲解されている ここではあまり関係はありませんが、抗力と作用反作用の記述については今後慎重に考える必要があります。因果関係で説明するのは無理が出てきそうですね。
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