“燃える空気”『水素』が引き起こした悲惨な死亡事故

水素と死亡事故 中1理科

人類が初めて発見した気体は、1754年にブラックが発見した固定空気、すなわち二酸化炭素です。

新気体の大発見時代

ブラックの功績はたくさんの化学者に影響を与え、「二酸化炭素の他に、どんな空気(気体)があるのだろう?」という研究が進むことになりました。18世紀(1700年代)のことです。


そしてブラックの二酸化炭素発見(1754年)から約10年後、ついに2つ目の気体が同じイギリスで発見されます。それは水素です。

💰 大金持ちの天才、キャヴェンディッシュ

ブラックが二酸化炭素を発見して人々が驚いていたころ、同じイギリスにキャヴェンディッシュという科学者がいました。

水素を発見したキャヴェンディッシュ

彼はイギリスでも有数の金持ち貴族の家に生まれました。莫大な遺産を受け継いでおり、当時の科学者の中でも一番の金持ちだったと言われています。お金に困ることがないため、キャヴェンディッシュは自分の好きな研究に没頭することができました。


キャヴェンディッシュは化学や物理など、科学者として幅広く、数多くの歴史的な大発見を成し遂げた天才として有名です。しかし極度の人間嫌いであり、「できれば誰とも会いたくない!」と考えていたようです。


そんな性格なので、天才だったにも関わらず肖像画を描いてもらうのも大嫌い。キャヴェンディッシュの顔が分かる絵も、画家がなんとか目を盗んで描いたものが残っているだけです。

ヘンリー・キャベンディッシュ

🧪 ブラックの研究を深く進めるキャヴェンディッシュ

同じくイギリスの科学者ジョセフ・ブラックは、石灰石を焼いたときに二酸化炭素が発生することを突き止めました。キャヴェンディッシュはこの研究に刺激を受けており、石灰石塩酸をかけて二酸化炭素が発生することも確認しています。

二酸化炭素の発見
本当はこれもキャヴェンディッシュが発見した

石灰石に塩酸で二酸化炭素。では金属に塩酸では?

キャヴェンディッシュは、「石灰石と塩酸で二酸化炭素ができるならば、金属塩酸ならどうだろうか?」と考えました。

金属に塩酸をかけるキャヴェンディッシュ

この当時から、「金属を塩酸にひたすと、特殊な気体が発生する」ことは知られていましたが、誰もその謎を詳しく解いた人はいませんでした。


そこでキャヴェンディッシュは、

  • スズ、亜鉛、鉄などの金属塩酸にひたす
  • そのとき発生する気体を集める

ことで、金属と塩酸によって発生する気体を詳しく調べることにしました。

金属と塩酸で発生する気体を調べる
石灰石と塩酸では二酸化炭素であった。では金属と塩酸では?

現代で使えるような、塩酸をひたす実験に便利な金属でいえば、

  • スチール(鉄)ウール
  • マグネシウムリボン

などがあります。

スチールウールやマグネシウムリボンは金属

水上置換法で気体を集めたキャヴェンディッシュ

キャヴェンディッシュはどうやって気体を集めたのでしょうか?もちろん、ブラックと同じく水上置換法を使いました。

キャヴェンディッシュが利用した水上置換法

空気と混ざらない純粋な気体が集められるし、危険も少ないので気体の収集は水上置換法が基本です。


キャヴェンディッシュが金属と塩酸により発生させた気体ですが、これはブラックが発見した二酸化炭素と同じなのでしょうか?それとも、この気体は二酸化炭素とは違う、もっと特別な気体なのでしょうか?


キャヴェンディッシュは集めた気体を詳しく調べることにしました。

発生した気体の重さ

キャヴェンディッシュはまず、気体の重さを調べてみました。その結果、なんと普通の空気の約14分の1しかない、とても軽い気体であることが分かりました。


つまり、密度がとても小さいわけです。

キャヴェンディッシュは、水素の密度が非常に小さいことを発見
牛の膀胱に水素と空気を詰め、密度を比べるキャヴェンディッシュ

塩酸に石灰石をひたすと発生した二酸化炭素は、空気に比べて密度が大きい気体でしたよね。

二酸化炭素の密度

ということは、今回キャヴェンディッシュが調べた塩酸金属をひたして発生する気体は、明らかに二酸化炭素とは違っていることが分かります。

とても危険な、燃える空気

キャヴェンディッシュは密度(重さ)だけでなく、もっと詳しく気体を調べます。集めた気体に、火を近づけてみました。


すると、「ポン!」と大きな音を立てて燃えだしたのです。

燃える気体、水素
とても燃えやすい、危険な気体

二酸化炭素の場合は、むしろ火が消えてしまったことを覚えていますか?これとは正反対の反応です。

二酸化炭素は火を消す

キャヴェンディッシュは、

  • かなり軽い
  • よく燃える

この2点からみて、彼が塩酸と金属から発生させた気体は、ブラックの発見した二酸化炭素とは明らかに違う性質であることをつきとめました


キャヴェンディッシュはこの気体を、燃える空気(inflammable air) と名付けました。今ではそれは、水素と呼ばれています。


これこそ、人類が初めて水素を発見した瞬間だとされています。

🎈 水素の性質を利用した事例と、引き起こした大惨事

キャヴェンディッシュが調べたとおり、水素はとても軽い気体、すなわち密度が小さい気体です。今では、この世でも水素が最も軽い(密度が小さい)気体であることが知られています。


水より密度の小さい物質は、水に浮かびましたよね。

人間が住んでいる陸上は、空気の海と同じだと考えることができます。したがって、空気より密度が小さい物質はどんどん上空へ上昇していきます。

密度と気体の上昇

したがって、この世で最も密度が小さい水素は、強い力で上空へ昇っていくことになります。

空に上る風船

水素など、空気より密度の小さい気体で風船を膨らませると、風船は上空へ昇っていきます。反対に呼気など二酸化炭素の多い気体で風船を膨らませると、風船は地面に落ちます。

ブラック、牛の膀胱で水素手品

二酸化炭素を発見したブラックは、もちろんキャヴェンディッシュが水素を発見したことを知っていました。ブラックは水素の「密度が小さい」性質を知り、牛の膀胱に水素を入れて風船にする遊びを思いつきました。

牛の膀胱
牛の膀胱。よく袋やボールを作るために利用された
WHAT TO DO WITH COW BLADDERS

ブラックは夕食にたくさんの友人を招いて楽しく食事をした後、発生させた水素をつめた膀胱を離し、ひとりでに上昇していく膀胱を見せて友人たちを驚かせたようです。

牛の膀胱で友人を驚かせるブラック

飛行船に利用できる水素

水素を使って気球を作ることもできる

「空気よりも遥かに密度が小さい」性質を利用したブラックの風船手品を発展させれば、

  • 気球
  • 飛行船

など、空を飛ぶ乗り物を作ることも可能です。実際、空気を暖めるのではなく水素を利用した気球も誕生します。

大事故を起こした水素飛行船、ヒンデンブルク号

キャヴェンディッシュが水素を発見して170年ほどたった1937年、水素を利用したドイツの飛行船ヒンデンブルク号で大事故が発生しました。

ヒンデンブルク号
ヒンデンブルク号爆発事故

アメリカ上空を飛行していたヒンデンブルク号は、トラブルにより船体が発火します。そして船内の一部には水素が充満しています。水素はキャヴェンディッシュが最初に「燃える空気」と名付けたほどの危険な気体であるため、船体の発火に次々と反応、上空で大爆発を起こしてしまいました。

爆発するヒンデンブルク号
墜落するヒンデンブルク号
ヒンデンブルク号の写真 にもたくさん写真があります

スタッフと乗客合わせて97人が乗船していた中、36人(1名は地上にいた人)が亡くなったようです。


巨大で豪華な飛行船が一瞬にして爆発して墜落する惨劇は、映像にも残っています。生存者がいることが不思議なくらいの事故です。

この大事故が起こってからは、いくら水素の密度が小さくて便利だとはいえ、飛行船のために水素が利用されることはなくなりました。代わりに、水素の次に密度が小さくて比較的安全なヘリウムを使うことが多くなりました。

👩‍🔬 上方置換法で集めることもできるが…

普通、気体は他の空気と混ざらないように、水上置換法で収集することが基本です。

ヘールズの水上置換法

しかし二酸化炭素は密度が大きいので、下方置換法で収集してもまぁOKでした(楽だけど、純粋な二酸化炭素は集めにくい)。

下方置換法
二酸化炭素は下方置換法でもまぁOK

そして水素の場合は二酸化炭素と反対に、密度が小さいので上方置換法で収集することも可能です。

密度が小さい水素は上方置換法でもよい

しかし、

  • そもそも水上置換法じゃない時点で純粋な水素が集まらない
  • 水素が空気中の酸素と混ざって引火したら爆発する

といった理由から、上方置換法は極力避けて、素直に水上置換法で収集するようにしましょう。

㊔ 『水素』名前の由来

さて、水素とは「水の素」と書きます。つまり、水の材料になるのが水素です。

水の素になるのが水素

キャヴェンディッシュは当初、『水素』という名前はつけずに、単に燃える空気と名付けていました。しかし、瓶の中で水素を燃やすと、なぜか瓶に水滴ができることを発見しています。

水素と酸素の結合

後の研究により、有名科学者であるラヴォアジエが「水素は水の材料になっている」ことを証明し、彼が “燃える空気” を水素と名付けました。

水素の名付け親ラヴォアジエ

📚 おすすめ参考文献

📖 参考になった書籍

エピソード科学史〈1〉化学編 (1971年) (現代教養文庫)

物理、化学、医学など科学全般を学ぶには必須!面白エピソード満載の古書『エピソード科学史』シリーズの化学編。

もっと深く理科を学ぶため、本をスラスラ読める理科好きの小中学生はぜひ読んでほしいところです。まだ少し読みにくくても、大人も一緒に読んで解説できると最高ですね。

たまに難しいところがあるものの、文章は全体的にやさしめです。

📱 参考になったページ

空気とガス 絶版になった良書の全文転載されてるので貴重すぎるサイト

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