みんな大好き肉料理。焼き肉もいいですが、寒い冬は特に、とろとろに煮込まれた柔らかお肉がたいへん美味しい。

- ビーフストロガノフ
- 牛タンシチュー
- 牛肉の赤ワイン煮込み
など、口の中でジューシーにほぐれてゆくとろとろ肉の魅力には、他のどんな料理も敵いません。
しかし…、柔らかくてとろとろのお肉を作ることは、実は簡単ではありません。火を使い熱を芯まで通し、肉をよくほぐすことが必要です。しかし、煮込む際に使う水分をどんどん高温にしようと思っても、普通は一定温度以上にはなりません。したがって、強い熱をお肉の芯まで通すことは、とっても難しいのです。

このままでは、人類はとろとろのお肉を食べることができません。お肉をグツグツ煮込んで強い火を通そうとしても、思ったよりも温度が上がらないからです。中途半端に熱が通ったお肉を食べるか、肉を細かく砕いたハンバーグでお茶を濁すしかないのです。
人類はずっと長い間、「お肉をとろとろにすることは無理かもしれない!」という事実を受け止めることができず、ストレスを抱えて意気消沈していました。
しかしそこへヒーローが現れます。1679年、美食の国フランスの科学者ドニ・パパンがついに、お肉をとろとろにする特別な鍋を発明したのです!

パパンは、現在では『圧力鍋』として知られている調理器具を、『ダイジェスター』と名付けました。この『ダイジェスター』こそ、とろとろ肉を作り出す大発明です。

今回は状態変化のグラフを通して、パパンがいかにして科学の力を利用し、人類にとろとろ肉を与えたのかを学んでいきます。
⚗️ 融点と沸点
物質は固体・液体・気体と三態を持ち、温度によって状態変化します。
では…、冷たい物質を温めていったとき、何℃の時点で融解を始めるのでしょうか?
また、もっと温めると、何℃の時点で沸騰するのでしょうか?
融解が始まる温度のことを融点といい、沸騰が始まる温度のことを沸点といいます。

「沸騰」とは、液体の内部からも気体に変わる激しい蒸発のことです。
蒸発は、液体の表面から分子が飛び出し、気体になることです。洗濯物は常温でも乾きますが、それは液体表面の元気な分子だけが少しずつ気体に変わっているから。

そして沸騰とは、水が高温になった結果、表面だけでなく内部からも激しく気体が発生する現象です。


パパンが圧力鍋で起こした料理革命について学ぶため、まずは物質の「融解を始める温度(融点)」と「沸騰を始める温度(沸点)」をグラフとともに学びましょう。
物質ごとの融点と沸点
「融解を始める温度(融点)」と「沸騰を始める温度(沸点)」は、物質により違います。
例えば水を例にすると、ご存知のとおり、水は基本的に、
- 温度がマイナスなら……固体(氷)
- 0℃以上になれば……液体(水)
- 100℃以上になれば……気体(水蒸気)
となります。0℃で融解が始まり、100℃で沸騰が始まるというわけ。0℃が融点で、100℃が沸点です。

常温(20℃くらい)では、水は液体ですね。
水以外の物質、例えば消毒液に利用されるエタノールは、融点がとても低くて -114℃ で、沸点は78℃です。

エタノールも水と同じく、常温(20℃くらい)では液体です。エタノールは、水よりも分子同士の結合が弱いので、低い温度で融解や沸騰することになります。
📈 状態変化を表すグラフ
物質が熱くなって状態変化をする様子は、時間と温度のグラフで詳しく調べることができます。
例えば、氷を加熱したときの時間と温度のグラフを描くと、以下のようになります。

縦軸に温度を取っています。マイナスの温度からスタートし、加熱していくとやがて0℃になります。
これから、このグラフの読み方を詳しく学びましょう。
固体が融解するまで
水は0℃より冷たい場合、当然ですが凍って氷になっています。
それをずっと加熱していっても、0℃になるまでは氷のままですね。

融解時
0℃になると融解が始まり、氷と水が共存し始めます。
固体が液体になるということは、もっと分子が激しく動き出すということを思い出しましょう。分子が大きく動き出すため、そのために熱エネルギーがたくさん必要です。

そのため、氷が水になっている最中は、いくら加熱を続けても融解のために熱が全て使われてしまいます。熱が吸収されてしまうので、物質自体の温度が上がりません。

融解が終わってから沸騰するまで
完全に融解が終了して、全てが水になってしまえば、あとはぐんぐん加熱時間に比例して温度が高まります。

ここの段階では状態変化が起こっていないので、水の温度が順調に高まります。
沸騰時
沸点に到達すると、水は徐々に水蒸気になっていきます。
液体と気体では、分子の運動の激しさはケタ違いです(気体の分子はライフル銃)。なので、蒸発(沸騰)には大量の熱を使います。

そのため、いくら熱し続けても物質の温度は上がりません。気体になるために熱が吸収されるからです。

沸騰が終わった後
沸騰が終われば、全て気体(水蒸気)になりました。水蒸気からは加熱しても状態変化しないので、熱するほど温度は高くなっていきます。

しかし当然、水蒸気になると空気中に散っていくので水蒸気を熱し続けることは難しいです。
水を加熱したときの状態変化をグラフにすると、以下のようになります。

蒸発(沸騰)するときは、想像以上に熱を奪う
気体である水蒸気は空気中を猛スピードで飛び回っているため、エネルギーに満ちあふれています。水とは比べ物にならないほどのエネルギー量です。

したがって、「液体(水)から気体(水蒸気)になる」ときに、水蒸気は大量の熱エネルギーを吸収していきます。

この「熱を奪う」力はとても強く、暑い地域でも冷蔵庫を使わずに水を冷やすこともできます。古代より伝わる人類の知恵です。

写真のような、素焼きの壺に水を入れておけば、水は外に少しずつ滲み出てきます(素焼きは完全に水を遮りません)。
特に乾燥した地域では、その水がよく蒸発し、壺から熱をたくさん奪っていきます。結果として、水温を15℃ほども下げることができるようです。

状態変化のグラフにおいて、「温度が上がっていない時間」は、融解時よりも沸騰時の方が長くなっています。
気体になる方がたくさんの熱が必要で、長く熱さなければ全てが気体にならないからです。

📉 物質が変わっても、状態変化グラフは同じ
上記では水を例に状態変化と加熱のグラフを学びましたが、基本的には他の物質も、水の状態変化と同じグラフです。
融点と沸点は物質ごとに違いますが、グラフの形は変わりません。

加熱する物質の量が多い場合は、「融解中」や「沸騰中」の時間は長くなり、グラフの角度は緩やかになります。

👩🍳 【圧力鍋の発明】沸騰と圧力の関係
物質の加熱時間と状態変化のグラフを学んだ今なら、パパンが発明した「お肉をとろとろにする特別な鍋」の仕組みが理解できます。

水の沸騰を防げ!!
お肉を煮込んでとろとろにするには、お肉に強い熱をしっかり通す必要があります。しかし、それが難しい。なぜかといえば、お肉を煮込むための水の温度が沸点(100℃)に到達すれば、もうそれ以上に温度が上がらないからです。
全ての熱は、水蒸気になる状態変化(蒸発≒沸騰)のために利用され、吸収されてしまいます。


ここでパパンは、「そうだ….水を沸騰させなければいいんだ!沸騰しなければ、水は100℃を超えて順調に熱くなるだろう。100℃より高い温度でお肉を煮込めば、お肉はずっととろとろで柔らかくなるに違いない!」と考えました。

しかし、水の性質として、「100℃になったら沸騰する」ということは自然の法則であり、神様でもない人間がそう簡単に変えることなどできません。パパンは、どうやって水の沸騰を防いだのでしょうか?
沸騰を防ぐヒントは山頂にあり
ヒントは、山にありました。有名な話ですが、「富士山の頂上で炊いたご飯は、とても不味い」という噂を聞いたことはありませんか。

まずそう。面白いので読んでみてください
実際、富士山頂で炊いたご飯はとても不味いらしいです。
その理由は、水の沸点にあります。富士山の頂上では、水の沸点がとても低くなってしまうのです。約87℃が沸点になるので、水はすぐに沸騰してしまいます。

水が87℃で沸騰してしまうと、それ以上温度が上がりません。したがって、富士山の山頂では、米や野菜を87℃以上の温度で炊くことができません。とても料理がやりにくいです。
野菜をずーっと煮込んでも火が通りにくくて固いままだし、ご飯を炊いても生米みたいでとっても不味い。
すぐに沸騰して水がなくなるので、焦げ付きやすくもなるそうな。
富士山頂ではすぐに水が沸騰してしまう理由
富士山頂ですぐに水が沸騰してしまうのは、富士山頂では気圧が低いことが原因です。高い場所にある分、重力が小さいので空気があまり引きつけられず、空気が薄くなっています。

本来、液体から気体になる(沸騰する)ためには、分子がライフル銃のように激しく動かなければなりません。
このとき、空気が薄くて上から押さえつける気圧が低い場合、分子はとても簡単に激しく動くことができます。

気圧が低いほど、簡単に分子が暴れて沸騰してしまい、それ以上水温が上がらなくなってしまうのです。
気圧が低い山の上ですぐに沸騰してしまうのは、これが理由です。
パパンによる、圧力鍋の発明

逆に考えれば……、気圧を高くして水の分子を押さえつけておけば、水は100℃になっても沸騰せず、どんどん水温を上げることができるはずです。
パパンは、この事実に気づきました。鍋の中の圧力を高めておけば、水は簡単には沸騰しません!
パパンは、熱した鍋の中で発生している水蒸気を外に逃さないようにして、鍋の中の圧力をとても高くしたのです。
水蒸気が発生すればするほど鍋の中の気体が多くなり、圧力が一気に高まります。

つまり、圧力鍋の中の水は、どれだけ加熱してもなかなか沸騰しません。富士山の山頂には、ぜひ圧力鍋を持っていきたい。

これにより、圧力鍋の中の水は、120℃ほどにまで上昇できるようです。料理時間はとっても短くなり、強い熱が通った食材は、いつもよりとろとろで柔らかく、しかも蒸気を含んでジューシーになります。

よく火が通るので、とろとろお肉に!
まさに、科学が起こした料理革命です!
パパンはこの圧力鍋を使い、科学者などを招いた食事会を何度も行ったといいます。

パパンはこの圧力鍋を、「消化するもの」という意味のダイジェスターと呼んでいました。ダイジェスターを使った料理は、素晴らしい評判だったようです。
夕食は魚も肉もすべてパパン氏のダイジェスターで調理されたものであったが、それによっていちばん固い牛の骨やヒツジの骨が、水や他の液体なしでチーズみたいに柔らかくなり、8オンス以下の石炭で信じられないくらい多量の肉汁を生じた。
『エピソード科学史Ⅳ 農業/技術編』
(略)
この哲学的(科学的)な夕食は私たちをたいへん愉快にし、列席者全部を非常に喜ばせた。
美味しい料理を食べることにも、科学の力は欠かせません。科学的知識により、水の状態変化を捻じ曲げ、コントロール。圧力鍋は、パパンが起こした料理革命だったのです。
📚 おすすめ参考文献
📖 参考になった書籍
・エピソード科学史〈4〉農業・技術編 (1972年) (現代教養文庫)
エピソード科学史の物理編や化学編も面白いですが、パパンの圧力釜エピソードはこちらの農業・技術編です。
科学を面白いストーリーに乗せて学ぶことは、ただ単純に科学的事実を学ぶよりも、感動とともにずっと頭に残ります。科学というより、面白い読み物として読める必読シリーズです。
📱 参考になったページ
How to Keep Beverages Cool Outside the Refrigerator 素焼きでどれだけ水温が下がるのか。
・富士山の山頂でご飯は炊けるのか? 富士山頂でご飯炊いてみた話
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