18世紀(1700年代)のイギリスでは、水素を発見したキャヴェンディッシュなど優れた科学者がたくさんいました。この時代は、人類史上で初めて、気体の性質が次々と明らかになった新時代の幕開けでしたが、それに貢献した科学者にはイギリス人がたくさんいました。
それに加えてイギリスでは産業革命も始まり、科学が人類の進歩に大きな役割を果たすことが十分に知られていました。そんな関心が一気に高まる事情もあり、1799年、イギリスに王立研究所が設立されます。科学の研究と発展のために設立された組織です。
この王立研究所では1825年から、毎年クリスマスに子供たちのために『クリスマス・レクチャー』を行っています。世界でも一流の科学者が、科学の面白さを伝えるための講演を行います。『クリスマス・レクチャー』は現在でも続いており、日本でもそこで講演した科学者を招いて行っています。
世界的に有名で、イギリスで毎年行われている『クリスマス・レクチャー』ですが、その中でも、伝説として語り継がれている名講義があります。
それが、イギリスの科学者マイケル・ファラデーが1860年に行った『ロウソクの化学史(The Chemical History of a Candle)』です。
ファラデーは偉大な科学者でしたが、それを威張ることもなく、子供たちにやさしく語りかけ、実験とともに、難しい物理現象を見事に分かりやすく説明する力に長けていました。
「窒素から肥料を作らなければ、食糧が無くなる!」という演説で有名なウィリアム・クルックスは若き頃、このクリスマス・レクチャーに感動し、その講義内容を『ロウソクの科学』という本にまとめました。この本は出版から160年以上経った今でも、科学者では知らない人はいないほど、大きな影響力を持っています。
今回は、1860年のクリスマス・レクチャー『ロウソクの化学史』から、物質の状態変化だけを取り出して学びます。
🕯 ロウだけでは炎は出ない
ファラデーはクリスマス・レクチャーで、「科学を勉強するあたって、1本のロウソクほど素晴らしい教材はありません」と言いながら、ロウソクが綺麗な炎を出す理由について説明します。
ファラデーは、「ロウソクの炎は、金やダイヤモンドの輝きよりも美しい」と言います。なぜなら金やダイヤモンドは暗闇で自ら輝くことができないが、ロウソクの炎は暗闇を照らす輝きを自ら発することができるからです。
ロウソクの材料
様々なロウソクがありますが、ファラデーが使ったロウソクの主な材料は牛脂です。つまり、ロウソクの白い部分は油。代表的な西洋ロウソクは、石油から取ったパラフィンを利用して製造されています。
ファラデーもまず、糸を芯にして、糸の周りに油を固めていくロウソクの作り方を説明します。
ロウソクでは、何が燃えているのか
ロウが燃える秘密はその油にあるはずですが、よく考えてみると、パラフィンの部分に直接火を近づけても、パラフィン自体はなかなか燃えず、溶けるだけ。ロウソクは、芯(糸)の部分に火を近づけた場合のみ、綺麗な炎を出します。
かと言って、芯(糸)だけだったら、これもまた綺麗な炎を出すことはできません。芯とロウが協力することで、綺麗な炎が出ることが分かります。
💦 状態変化
「じゃあ一体、ロウソクの何が燃えて炎が上がっているのか…」、この疑問に答えるため、ファラデーは物質の三態について説明します。
物質には、
- 固体
- 液体
- 気体
の3つの形態があります。例えば水であれば、
- 氷(固体)
- 水(液体)
- 水蒸気(気体)
と、温度によりそれぞれの状態があります。冷やしたり熱することで、状態は変化します。冷えている状態で固体だった物質は、加熱すると液体になり、もっと加熱すると気体になります。気体は通常、目に見えません。
逆に、気体を冷やせば液体となり、最終的には固体になります。
このように、物質が固体になったり液体や気体に変化することを状態変化といいます。状態変化しても、形が変わるだけ。物質自体には変わりがありません。
ロウソクの三態
ロウにも三体がありますし、状態変化します。
ロウソクを熱すると、パラフィン(油。ロウの部分)は溶けて液体になり、ロウの液体が上部に貯まります。
このロウの液体は、芯(糸)を伝って上昇しながら、さらに熱されて気体になります。この気体が燃えることで、ロウソクに綺麗な炎が灯るのです。
ロウソクは、熱によってロウを「固体→液体→気体」の順番に状態変化させ、その気体を燃やすことで火を灯す仕組みです。
🔬 三態それぞれの分子の状態
その昔、古代ギリシャのデモクリトスが「世の中の全ての物質は、粒からできているに違いない!」と言ったのを覚えていますか?
この粒は、「分子(ぶんし)」と呼ばれることがあります。従って、これからは物質を作る粒のことを分子と呼びます。
物質が状態変化するのは、実はこの分子の様子が変わるからです。
固体のときの分子
例えば、ロウに限らず固体の物質を細かく詳しく解析すると、物質の分子が規則正しくギッシリと詰まった構造をしています。
分子同士がお互いに強く引き寄せあっていて、分子同士は簡単には離れません。だからこそ、形の変わらない固体でいられるのです。
ちなみにこの「分子」、一つの大きさは半径が約1億分の1cmです。当然ですが、極めて小さい。
液体のときの分子
次に、例えば熱せられて液体となったロウでは、熱により分子同士の繋がりが弱まってしまい、粒子が自由に移動するようになります。
液体が決まった形を持たないのは、液体の粒子が自由に移動するからです。
気体のときの分子
さらに熱して気体にまでなってしまえば、熱により分子は自由に激しく動き回り、分子同士の繋がりはほぼ無くなってしまいます。
分子はバラバラに離れてしまい、分子たちは空中に飛び出し、猛スピードで動き回ります。だから目に見えないわけですね。
状態変化と分子の状態
状態変化は、物質の見た目が変わってしまう不思議な現象ですが、「全ての物質は粒(分子)からできている」ことを意識すれば、少し理解しやすくなったはず。
熱によって変化する粒(分子)の動きが、物質の状態を決めていたのです。
「ロウも熱すると気体になる」ことは、普通なかなか意識することはありません。しかしファラデーは観客にしっかりと、「ロウには、固体と液体の他にもう一つの状態があります」という具合に気体についての説明をしています。
🤚 状態変化の名前
物質を構成する分子の様子が変わることで、固体や液体、気体へ姿が変わります。
この変化それぞれには、名前があります。
固体 <-> 液体
加熱により、固体が液体になることを融解(ゆうかい)といいます。
ロウも、熱することで固体のロウが液体に変わります。これが融解。
逆に冷却により、液体が固体になることを凝固(ぎょうこ)とよびます。
水を冷凍庫に入れたり、ロウが一度融解して液体になった後に冷やされれば再び固体になります。
水(液体)が寒さのあまり、氷(固体)になるとつららができます。これも凝固ですね。
つららは、
- 雪が水になる(融解)
- 水が氷になる(凝固)
の2つの現象がワンセットになる素敵な現象です。
液体 <-> 気体
液体が気体になることを蒸発といいます。
ロウソクは、熱により蒸発したロウが燃えることで火がつく仕組みです。
例えばお湯が沸騰して水蒸気になることも、蒸発のうちに入ります。
逆に、気体が冷えて液体になることを凝結(ぎょうけつ)と言います。
凝縮(ぎょうしゅく)とも言います。
冷たいコップの周りにひっつく水滴、あれは空気中の水蒸気がコップで冷やされて液体となったからです。凝結の身近な例ですね。
気体 <-> 固体
固体は、普通は液体になり、それから気体になります。
しかし、固体から一気に気体になってしまう物質もあります。
それはドライアイスです。
ドライアイスは、二酸化炭素が冷えて固まったもの。しかし、ドライアイスは液体にならず、すぐに気体となって空気中に逃げていきます。
こういった珍しい現象を、昇華(しょうか)といいます。
昇華の逆、つまり気体からいきなり固体になる現象は、凝華(ぎょうか)といいます。
⛈ 有機物ロウソクから発生する水
物質を有機物と無機物に分類することは、錬金術にとってとても大切であることを覚えていますか。
ロウソクは石油からできています。石油は動植物の死骸からできているので、ロウソクは生物由来の有機物です。
ファラデー、ロウソクが生み出す水を見せる
有機物は、炭素と水素を含みましたよね。その証拠として、有機物は燃やすと
- 水
- 二酸化炭素
が発生します。ファラデーはロウソクにびんを被せ、曇ったびんには水滴がついていることを見せます。
ファラデーは観客に、家に帰ってロウソクの火に金属スプーンを当ててみることを勧めています。スプーンに水滴がついて曇り、「ロウソクが燃えて、水が発生した」ことが実感できるからです。
まず、ロウソクは有機物なので、燃えると水蒸気が発生し、上昇します。水蒸気は気体であるため、目には見えません。
しかし上昇してスプーンにぶつかると、水蒸気は冷やされて液体の水に変わります(凝結)。その結果、スプーンの曇りとして目に見える状態になります。
ファラデーは、「物質は、温度によって固体、液体、気体と姿を変えるが、物質としては全く同じものだ」と話したそうです。
- ロウソクが燃えてできた水蒸気
- 川の水
- 北極の氷
場所もでき方、状態も全く違うこれらの物質も、物質としては同じ「水」だと言えます。
👀 物質の性質は、分子の状態により決まる
ファラデーの1860年のクリスマス・レクチャーは伝説となっているだけあって、ロウソクに限らず様々な身近な現象を見事に説明しています。
今回はその中でも【状態変化】にまつわる部分だけを簡単にピックアップしました。
大切なことは、「物質の性質は、分子の状態で決まる!」ということです。同じロウや水でも、
- 固体
- 液体
- 気体
と、物質の三態があります。ファラデーの言うように、これらは状態が違っても全く同じ物質。分子がおとなしく整列しているか、エネルギッシュに暴れまわっているか、違いはそれだけです。
見た目、肌触りなど、物質に対して人間が感じる性質は全て、目に見えないほど小さな分子の状態によって決まります。
📚 おすすめ参考文献
📖 参考になった書籍
・「ロウソクの科学」が教えてくれること 炎の輝きから科学の真髄に迫る、名講演と実験を図説で (サイエンス・アイ新書)
ファラデーのクリスマス・レクチャー『ロウソクの科学』をそのまま読んでも、写真もないし、ファラデーが実際何をやったのかを想像するのが難しいです。したがって、『ロウソクの科学』の原文より、それを解説してくれている書籍を買うのが一番です。
原文(日本語訳)は、いろんなサイトで公開されています。例えば以下。
📱 参考になったページ
・The Royal Institution/Christmas Lectures 王立研究所のクリスマス・レクチャーのページ。日本語訳がないですが….、過去のレクチャーのビデオもあります。
・わたしの勧めるこの一冊 ロウソクの科学に感動できる人間でありたいですね
上の3つのページを読む限り、多くの理科教育で行われているように、「気体→固体」の状態変化の名前を、「固体→気体」と同じ名前の昇華と教えることは好ましくないと思います。気体から固体に「昇」の字はおかしいし、そもそも誤用から始まったのなら修正すべきで、70年も放置してたのはちょっと信じられません。
・現代化学2017年 9月号 ということで、ついに【凝華】が教科書にも採択されたようで、何よりですね。「固体→気体」は昇華でも、「気体→固体」を昇華と呼ぶのはやめて、【凝華】を使いましょう。学校の先生は無知だったり頭の固い人もいるので、生徒が正しく【凝華】と書いたのに不正解にする人もたくさんいると思うので、それだけが心配です。
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